« 祝祭音楽劇「トゥーランドット」を観てきました | Home | 胃カメラを飲んできました »

カーレド・ホッセイニ『カイト・ランナー』

カイト・ランナー
カイト・ランナー
posted with amazlet at 08.04.30
カーレド・ホッセイニ(著) 佐藤耕士(訳)
アーティストハウスパブリッシャーズ

『カイト・ランナー』は、アフガニスタンを舞台としたアミールという男性の少年期から青年期を描いた小説です。『カイト・ランナー』は絶版になっていますが、現在は『君のためなら千回でも』と改題され、上下巻の文庫として出版されています。

物語の始まりは1970年代のアフガニスタン。アミール少年の生家には父の召使であるアリとその息子のハッサンが暮らしています。アミールの1歳年下のハッサンはアミールに対して忠実で、アミールは文字の読めないハッサンに本を読んで聞かせるなど仲良く生活しています。しかし、そこは主人と召使い、そして支配者のパシュトゥーン人と歴史的に弾圧されてきたハザラ人という微妙な関係が、アミールからしてハッサンを“友人”とは呼べない微妙な立場におきます。

一方、アミールの父はアミールとハッサンを分け隔てなく扱い、困難に逃げてばかりのアミールよりも、アミールを守るために立ち向かうハッサンの姿勢を評価するそぶりを見せます。生後まもなく母親を失い、父親の愛情を一身に受けたいと思うアミール。1975年の冬、アフガニスタンの冬の風習である凧合戦がアミールとハッサンの分岐点になります。相手の凧の糸を切り、一番長く凧を揚げていた人が勝利する凧合戦で優勝するアミール。落とした凧を一番に拾い上げる名誉を得るために、アミールのために走り出した“カイト・ランナー(凧追い)”のハッサン。その後、ハッサンが巻き込まれる事件でのアミールの選択が二人の人生を大きく分けてしまいます。

話のストーリーは、友人への裏切りと後悔、そして贖罪と、父と息子の関係性など小説の王道を行く内容です。表現面でも、言葉一つ一つの雑味のない透明感は小説の良さを再実感させてくれるものだと思います。それに加えて、平和だった1970年代のアフガニスタンの風習、その後のソ連によるアフガン侵攻、同時多発テロとその後のタリバン支配下の混乱など歴史的変遷を背景情報として取り込んでいる時点で外れようがありません。改題されたタイトルで映画化がすでにされているそうで、そちらは見ていませんが、原作についてはお勧めできます。

Trackbacks

Trackback URL for this entry:
(※言及リンクのないトラックバックは拒否されます)

Post a comment


Categories

Archives

Feeds

RSS 2.0 RSS 2.0 / Atom Atom
Powered by Movable Type